アキ・ラー(アキラ)、地雷除去や、その数奇な人生と地雷にかける思いとは・世界まる見え!テレビ特捜部

今でも地雷除去の活動を続けている、アキ・ラー(アキラ)。

 

彼には、自分の正確な年齢が分からない。

 

そんな数奇な運命のもと、アキ・ラー(アキラ)はなぜ地雷除去を自分の仕事にしたのか。

 

そんなアキ・ラー(アキラ)について調べました。

 

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アキ・ラー(アキラ)の運命

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アキ・ラー(アキラ)は、日本人ではなく、純粋なカンボジア人。

 

父は教師をしていた。

 

そんなアキ・ラー(アキラ)は、両親を5歳の時にポルポト派に殺された。そののち、洗脳を受け、ポルポト派のクメール・ルージュの兵士として育てられ、戦闘に参加する。その役目は、地雷を埋めること。

 

自分の両親を殺した人間サイドについて戦う、という状態は、明らかに矛盾がある。それを、は洗脳されていた、とアキ・ラー(アキラ)今では語る。

 

そののち、自ら脱走。平和な生活が、と思いきや、アキ・ラー(アキラ)には過酷な運命が待っていた。

 

ベトナム兵として、自分がいたクメール・ルージュと戦うか、それとも、ここで殺されるか、そんな2択を迫られる。

 

アキ・ラー(アキラ)は、ベトナム兵として、自分の両親を殺し、それでも自分が育ったクメール・ルージュと戦う選択をする。それは、いったいどれほどの覚悟があったのだろうか。

 

すでに、少年兵として活動していたかこをもつアキ・ラー(アキラ)は、地雷の処理班として特別な任務に就く。

 

その中で、手足を失った子供たちと触れ合い、もしかしたら自分のせいで彼らは手足を失ったのではないか、と強く思い、地雷除去の仕事を始める。

 

それがアキ・ラー(アキラ)の戦いの始まりだった。

 

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アキ・ラー(アキラ)、その強さ

兵士時代を、シュリムアップという森の中で過ごした。そのとき、たくさんの子供が、地雷の被害で手足を失ったことを知る。

 

アキ・ラー(アキラ)は、自分が埋めた地雷のせいで彼らが犠牲になったのかもしれない、と感じた。そして、その後、自分は地雷の除去に人生をかけようと、決意した。

 

地雷の除去を始めたアキ・ラー(アキラ)に、政府は再三、それをやめるように通告したという。

 

しかし、アキ・ラー(アキラ)はやめなかった。それゆえに拘束され、投獄されたことも何度もあった。

 

それでも、アキ・ラー(アキラ)は地雷の除去をやめなかった。

 

そして、地雷の犠牲になった子供たちのため、学校を設立する。その学校には、アキ・ラー(アキラ)の息子も通っている。

 

それらの活動も、費用も、すべて自費だった。アキ・ラー(アキラ)は独学で英語と日本語を学び、通訳ガイドとして生計を立てた。

 

日本でも、本が発売されている。「アキラの地雷博物館とこどもたち」というタイトルである。

 

戦争終結時、軍政府が戦争博物館を作り、そこにが除去した地雷を展示しようとしたときに、アキ・ラー(アキラ)はそれを断った。

 

彼は、Tシャツに短パンという軽装で、地雷を除去する。

 

彼は、「地雷除去屋」と呼ばれている。今でも地域に無数に存在する地雷を除去する。それが、彼の人生である。

 

彼のような辛い運命を背負いながらも、自分の信念を全うする、そんな人物には、素直に尊敬の念を払いたい。

 

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