奥村善久(おくむらよしひさ)、奥村カーブの秘密は子ども時代からあった?笑ってコラえて!

工学におけるノーベル賞ともいわれるチャールズ・スターク・ドレイパー賞を2013年に受賞した、奥村善久(おくむらよしひさ)教授。

 

その人生において「奥村カーブ」を生み出した秘密は子ども時代にあった!?

 

時代と共に生きた奥村善久(おくむらよしひさ)についてご紹介します。

 

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奥村善久(おくむらよしひさ)プロフィール・チャールズ・スターク・ドレイパー賞について

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奥村善久(おくむらよしひさ) 1926年7月2日

 

1947年旧制金沢工業専門学校

 

1950年日本電信電話公社入社

 

1975年には東芝日野工場

 

1979年金沢工業大学工学部教授

 

現在、金沢工業大学名誉教授

 

「2013 Charles Stark Draper Prize(チャールズ・スターク・ドレイパー賞)」受賞者

 

チャールズ・スターク・ドレイパー賞とは、米国工学アカデミーが授与するもので、工学のノーベル賞ともいわれる。工学分野での国際賞としては最高権威に当たる。

 

生活の質の改善、自由で快適に暮らせる力の提供、情報化の促進などにおいて、世界に大きなインパクトを与え、成果を残したものに授与される。2013年には、同じく通信情報事業においての成果を上げた5人が受賞した。

 

賞金は、50万ドル。

 

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奥村善久(おくむらよしひさ)と奥村カーブ

奥村善久(おくむらよしひさ)は金沢で生まれた。子どものころは大人しい、本ばかり読んでいる子だったという。

 

小学校のとき、鉄棒の逆上がりができなかった。1か月、級友に手伝ってもらい、毎日練習してできるようになった。

 

そんな子ども時代からの「とことんやりぬく」性格が、その後の人生にも垣間見れる。

 

高校に進学するとき、父親から「これからは工学。普通科はやめておけ」と言われ、高校から工学の道に。

 

大学進学したかったが、経済的な理由で断念し、社会人に。

 

そのときに、基地局を乗せた車に乗って町中を回る。そして、電波の伝播の法則を発見。それが奥村カーブの原型である。さらに研究する。

 

皮肉にも、大学進学できなかったことが、奥村善久(おくむらよしひさ)の研究をより進めることになった。

 

その電波の伝わり方の研究は、それまで誰もしなかったような研究だった。しかし、時代は進み、携帯電話の爆発的な普及で、なくてはならないものになる。

 

それが評価されての2013年、奥村善久(おくむらよしひさ)の理論による「奥村カーブ」の研究が、チャールズ・スターク・ドレイパー賞の受賞へとつながった。

 

奥村善久(おくむらよしひさ)は数々の名言を残している。

 

「10年先を見て考えよ」

 

「自分の仕事に、自分のベストをつくせ」

 

子どものころから、逆上がり1つにしても、常にベストを尽くしてきた奥村善久。

 

その生き方を貫いたことで、時代をけん引する研究者になった。

 

その生き方は、見習いたいものである。


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