斉藤立(さいとうたつる)・父斎藤仁への思いと家族・バース・デイ

「お父さんを秒殺したい」。

 

これが、ずっと斉藤立(さいとうたつる)の夢だった。

 

しかし、父、斎藤仁は、2015年の1月、肝内胆管がんで亡くなった。

 

斉藤立(さいとうたつる)の夢は、永遠にかなわなくなった。

 

そんな斉藤立(さいとうたつる)について調べた。

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父、斎藤仁のすごさ

斎藤仁は柔道選手、国士舘大学の助手をしていた。

 

1984年ロサンゼルスオリンピック、1988年ソウルオリンピック、ともに、柔道男子95キロ級の金メダリスト。柔道は7段。

 

ずっと、同じ柔道家の山下泰裕氏と日本の柔道界を牽引し、オリンピックでもともに戦った。

 

斎藤は現役引退後、大学の教授となり、そして全日本柔道連盟に尽力し、強化委員長を務めながら、柔道界のモラルの確立を目指していた矢先、病に倒れた。

 

肝内胆管がんとは、肝臓の中にある胆管にがんができる病気で、自覚症状があまりない。

 

それが災いしてか、斎藤仁は54歳の若さで、2015年1月、亡くなった。

 

柔道界には「これから」という時期であり、年齢であった。惜しまれた死だった。

 

 

その息子、斉藤立(さいとうたつる)は現在中学2年生。

 

「柔道でお父さんを秒殺したい」という、レジェンドの息子の願いは、永遠にかなわなくなった。

斉藤立(さいとうたつる)のこれから

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今、斎藤仁の息子、斉藤立は中学2年生。

 

父譲りの身長181センチ、体重133キロの恵まれた体を持ち、小学6年生のときには全国優勝を果たすなど、将来を嘱望されている。

 

2013年の全国大会では全試合1本勝ちという強さ。

 

父の死は、その息子にはあまりにも大きい、そんな年齢。

 

母と二人、父の死後も柔道にまい進し、これからの夢は「柔道を教えてくれた天国の父に恩返しがしたい・・・」

 

東京オリンピックで、金メダルをとること。これが斎藤少年のこれからの夢になった。

 

父の最期の言葉は、「稽古に行け」。

 

父・斎藤仁は周囲には「病気が治った」というように、息子の立くんにも言わせていたとか。

 

そのくらい、強い人だったのでしょう。そして、そんな父を見送った立くんも、強い人だと思います。

 

父の死を乗り越えるには、きっと時間が必要でしょう。

 

そんな悲しみも力に変えて、斎藤立くんも、将来は柔道界を牽引する人材になることは間違いないです。

 

頑張ってほしい、と心から思います。

 

 


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