日本赤軍・重信房子と追いつめた大阪府警警備部公安第三課通称ゼロ・トリハダ(秘)スクープ

日本赤軍、といまパソコンで打っても、もう変換すら出てきません。

 

私はよど号ハイジャック事件と言われて「ああ!」となるような年代です。

 

そんな日本赤軍を率いて、女王として君臨した重信房子(しげのぶふさこ)の目的、そしてそれを追いつめた大阪府警警備部公安第三課、通称ゼロについて調べました。

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日本赤軍の創設者、重信房子(しげのぶふさこ)

重信房子(しげのぶふさこ)は大学時代から当時の日本の時流であったいわゆる「赤旗」の組織にかかわります。ようするに、共産主義者ですね。

 

学生運動が盛んになり、日本中の学生が日本政府を批判し、それを鎮圧するのに精いっぱいでした。

 

当時都内にあった中央大学などは、「学生運動の増長を抑える」ために現在の多摩キャンパスに移ったと言われています。

 

そして日本国内の学生運動が収束していき、みなが新しい時代をはじめていたとき、重信房子(しげのぶふさこ)は海外に逃亡し、あらゆるテロ活動をしてたくさんの罪もない人を殺害しました。

 

フランス大使館を占拠した「ハーグ事件」をはじめ、身柄を拘束された仲間の救出のために誘拐事件を起こしたりしました。そして、それまで正式名称がなかった組織に、「日本赤軍」という名前を付けました。

 

指名手配犯でありながらずっと行方が分からなくなっていた重信房子(しげのぶふさこ)をみつけたのは、大阪府警警備部公安第三課、通称ゼロでした。

 

彼らは実に10年近い間、重信房子(しげのぶふさこ)と思われる人物をマークし、とうとう本人と断定、そして逮捕に至りました。

 

この間の大阪府警警備部公安第三課、通称ゼロはまるで忍びの人間のように、気配を消し、慎重に重信房子を見張っていました。毎日の息のつまるような攻防の末、やっと決定的な証拠、缶コーヒーの缶から指紋を検出します。

 

この大阪府警警備部公安第三課、通称ゼロが重信房子をみつけたのは、本人独特の煙草の吸い方だったと言います。

 

この大阪府警警備部公安第三課の捜査、通称ゼロの活躍は、テレビでドキュメンタリーになるほどすごいものでした。

 

そうして重信房子がやっと捕まり、20年の実刑判決がでました。2001年、重信房子は獄中から「日本赤軍の解散」を宣言します。

 

こうして、日本の一つの大きな時代が過ぎていきました。

 

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重信房子

重信房子は逃亡中に2回結婚しています。1回目はテロを実行し死亡した、奥平剛士という人物、そしてもう一人はパキスタン人の男性です。

 

学生時代に共産主義にはまり、国外に逃亡して犯罪を犯す。罪もない人を殺し、要求を通す。

 

この重信房子という人は、まるで現代のパワフルなキャリアウーマン並みのバイタリティーを持っています。

 

もし、生まれてくる時代が違ったら、この重信房子はきっと社会的に地位の高く、実力者として何らかの形で名を成したかもしれません。

 

重信房子が生きたこの時代は、とにかく学生たちが「自分たちの力で日本を何とかしよう」と真剣に考えていた時期でした。

 

その中で、重信房子という女性は自分の居場所を見つけ、そして力を発揮したのでしょう。

 

してきたことは決して褒められることではありませんが、重信房子が尋常でない力を持った人物であることは間違いないように思います。

 

まとめ

重信房子の逮捕で、日本のあらゆる分野の人物が「犯人隠匿」の容疑で捕まっています。それだけのものを重信房子がもっていたということかもしれません。

 

現在重信房子は医療刑務所でガンの治療をしていますが、「調子に乗った。やりすぎた」と反省している場面も見られるようです。

 

実際には、警察庁の公安の中にも、重信房子ファンがいたそうです。犯罪者ですが、すごいものですね。

 

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