渋谷銃乱射事件、18歳の犯行動機の「野獣死すべし」とは?トリハダ(秘)スクープ

1965年、神奈川県高座郡座間町で起きた渋谷銃乱射事件、通称少年ライフル魔事件は立てこもった18歳の少年に7000人の警察官が銃撃戦をするというとんでもない事件でした。

 

少年が動機として語った小説「野獣死すべし」とはどんな作品?

 

調べてみました。

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渋谷銃乱射事件

1965年7月29日、その犯人の少年は自分を自分でで警察に通報し、駆け付けた警察官を射殺し、銃と制服を奪いました。

 

そのまま車4台をだまして脅して移動し、渋谷区の銃器を扱う店に人質を取って立てこもりました。

 

少年が撃ったライフルや拳銃は約110発。取り囲んだ警察は7000人。まるで異世界のドラマのような銃撃戦が行われました。電車も止まり、みな避難しました。

 

催涙弾によって少年は逮捕されましたが、警察官が1人死亡、民間人も合わせて16人が怪我。

 

少年は犯行動機について、「『野獣死すべし』の世界にあこがれた。死刑を望む」と発言。1審では無期懲役の判決でしたが、2審、最高裁では死刑判決。

 

少年が25歳のときに死刑が執行されました。

 

なお、のちの「連続ピストル射殺事件」を引き起こす永山則夫という人物がこのとき渋谷で事件の現場を目撃していました。

 

その事件の間接的なきっかけではないかと言われています。

 

「連続ピストル射殺事件」は警備員やタクシー運転手などをあっという間に4人銃撃して殺害、「警察庁広域重要指定108号事件」と呼ばれました。

 

犯人の永山則夫は当時少年でしたが、社会的な影響を考え、実名報道された珍しい事件でした。

 

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「野獣死すべし」とは?

稀に見る未成年者の大事件に、日本中が震撼したと言います。

 

その犯行動機となったと少年が語っているのが、「野獣死すべし」という話です。何度も映画化された、大藪春彦が書いた小説がメインです。

 

主人公伊達邦彦は戦争の記憶に強く縛られた人物。大学の大学院にいて、一見大人しく人当たりもいい普通に見える人物。しかし心の奥では憎悪や嫉妬などの暗い感情が常に湧き出ていました。

 

そんな伊達邦彦にとってのすべてが金と武器と力。射撃や訓練といった鍛錬を怠らない日々。

 

そしてとうとう伊達邦彦は自分の心の闇にのまれ、完全犯罪を計画します。

 

計画を遂行し、強盗殺人をしながら逃走する伊達邦彦。犯罪を繰り返すその姿は、完全に野獣そのものという感じです。

 

この「野獣死すべし」は松田優作も主演して何度も映画化されている作品です。

 

犯罪に魅せられた少年

誰にでも、どうしようもなく好きなものというのはあると思います。なんでもいいですが、なにもない、という人はむしろ珍しいのではないでしょうか。

 

少年は法廷で、「この先もきっと銃の魅力から離れられない」として、「人に迷惑をかけないように死刑にしてくれ」と証言しています。

 

こうした未成年者の犯罪が起こるとすぐに「最近の若い子は」とか、「現実とフィクションの区別がついていない」とか言うインテリがいますが。

 

きっとこの少年は、現実感はあったと思います。

 

きっと、普通の少年がサッカーに没頭するように、銃器、そして「野獣死すべし」という作品に没頭してしまったのではないでしょうか。

 

そして、行動に起こしてしまった。伊達邦彦みたいに。

 

そう考えると、この少年がすごくいろんな意味で不運な人だったのではないか、と思われて仕方ないです。

 

まとめ

伊達邦彦に憧れ、小説の世界を現実にしてしまった少年。もうこの世にはいませんが、もし今の時代だったら、犯罪などせずに、ゲームの世界で満足できていたかもしれません。

 

殺人をした人間を擁護する気は全くないですが、この少年の「のめり込み方」に自分はちょっと近い感覚を感じる事件でした。

 

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