重森三玲(しげもり みれい)・作品に込めた思いを探る・日曜美術館

重森三玲(しげもり みれい)の作品を語るのは、簡単なようで難しい。

 

作品はすべて重森三玲の独特の美意識によって作られ、かつ、重厚で古典にも厚い。

 

作品を見ることで、まるでこの重森三玲のすべてを見せられているような気持ちになってくる。

 

そんな重森三玲が目指したものはなんだったのか。

 

考えてみた。

 

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重森三玲(しげもり みれい)という人物

 

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生年月日1896年

 

1975年没。

 

岡山生まれ

 

作庭家、庭園史研究家

 

前衛いけばななど多方面で活躍した。

 

庭園は独学で学ぶ。

 

今でも残る作品は多い。

 

三玲(みれい)の名前は、画家ジャン・フランソワ・ミレーにちなんで改名したものである。

 

名前をミレーになぞらえて変えているように、この重森三玲のテーマは「永遠のポストモダン」である。

 

残る庭園や、茶室にも、すべてに共通する「モダン」がある。

 

元来、「自然美」を探究する作庭において、重森三玲の作品はどこかモダンである。

 

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人工的に突き刺さった巨岩、まるで花のように開いた配置。

 

しかし、山水は美しく、古典を踏襲したものになっている。

 

重森三玲が目指したものは、「古典の中のモダン」であるのではないかと思う。

 

「モダン」なだけでは、すべてが前衛的となり、個性が突出しすぎる。

 

しかし、「古典」だけでは、すべてが保守的で、ありがちでつまらない内容になる。

 

重森三玲は、その両方の要素を持った作庭をやってのけた。

 

時代の画家、ミレーと同じである。

 

古典の中のモダン、伝統と個性。その両方が、重森三玲にも、ミレーにもある。

 

ミレーは絵画で表現したが、重森三玲は作庭や茶室など、さまざまなジャンルにそれを残した。

 

それは重森三玲だからできることであり、当時の他の誰にもできなかったことであろう。

 

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重森三玲の代表作、旧重森邸庭園には、その要素がぎっしり詰まっている。

 

人工的で荒々しい岩の配置に、枯山水が美しくその流れをたたえる。

 

まさに、古典とモダンの融合。

 

一目で重森三玲の作品だ、と分かるものである。

 

大阪を中心に作品が残る重森三玲だが、たとえば久保氏邸庭園を見てみる。

 

流れるような横の構図に、まるで残酷なほどに激しく配置された岩。

 

しかし、その下を波が緩やかに流れ、庭の緑が彩りを添える。

 

後期になるほどその岩の配置に個性の出てきた重森三玲だが、私はこの庭が一番好きだ。

 

岩、波、緑の調和が素晴らしい。

 

当然、重森三玲の代表作だが、その中でもまた素晴らしい。

 

現代の世に、重森三玲が作庭をするならどんな作品になったろうか。

 

2000年を超えて、進化する時代に何を感じたのか、知りたいところである。

 


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