障がい者を特別視することがむしろ偏見を産んでいる・バリバラ

今回の「バリバラ」は、障がい者に感動って必要なのか?という議論が行われます。

 

いち障がい者の自分としても日頃思うことがあるので、ここで書いていきたいと思います。

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必要以上の演出

私は、テレビの「24時間テレビ」とか、「27時間テレビ」とかが大嫌いです。

 

その中には、間違いなく言っていいほど、「障がい者」をテーマにした「感動チャレンジ」とか、「感動頑張り」みたいなコーナーがあるからです。

 

健常者からみたら、「自分たちより能力が劣っている人がこんなに頑張っている」みたいに素直に感動する人もいるかもしれませんが。

 

同じ障がい者から見たら、ちっとも面白くありません。

 

耳が聞こえないのに音楽に挑戦する、身体障がいなのに山に上る。

 

もう、「ほら、感動するよね! 愛だよね!」みたいな、番組サイドの演出が見え見えで、気持ちが悪いです。

 

障がい者は、健常者を楽しませるためにいるわけでも、感動させるためにいるわけでもありません。

 

そんな風に利用するくらいなら、居酒屋に車椅子で行ったときに、「障がい者がこんなとこくんな!」とか言わないでほしいです。

 

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絶対的平等と相対的平等

いわゆるテレビでやる「障がい者感動物語」は、ある意味で絶対的平等、という、不平等の元企画されたものです。

 

絶対的平等とは、性差や障害の有無など関係なく、すべての人間に同じものを要求し、与えるという平等。

 

対して相対的平等は、それぞれ個人の持つ資質や状態に応じて必要なものを与える平等です。

テレビで見かける「障がい者感動物語」は、「健常者にとって面白いと思うもの」という前提で作られている、ということです。

 

障がい者にもいろいろいます。先天性の障がい者もいますし、中途障がい者もいます。知的障がい者もいますし、身体障がい、あるいは精神障害を持っている人もいます。

 

その違いも説明なしに、まるで見世物のように障がい者をテレビに持ってくる。健常者が感動するような演出をする。

 

これこそ、まさに「差別」というのです。

 

そうやってテレビで感動した人が、じゃあ電車に乗るときに車椅子の人がいて出発が遅れると、「障がい者がでかけるなよ!」と思い切り文句を言うのです。

 

その現実こそ、テレビで放映してほしいですね。

 

まとめ

私のこの「バリバラ」という番組にも疑問を持っています。「笑ってくれ」というコンセプトが理解できません。

 

障害は、苦しくもないですが、面白くもないです。全然、面白くない。やっぱり健常者の考えた企画の番組だなあ、という気がします。

 

障害を持った人は、本当の社会的相対的平等に向けて、もっと考えてほしいと思います。


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