寅さんのウィーンロケが行われたのは国を超えた交流にあった?世界ふしぎ発見!

現在でもテレビで放映され、愛されている寅さんがでてくる「男はつらいよ」。

なんとなく見ているだけで面白くなってしまう展開や、寅さんの「フーテン」ぷりがなかなかいい味出してますよね。

そんな寅さんのウィーンロケの秘密に迫りました。

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なぜウィーンなのか?

「生まれも育ちも葛飾柴又」の寅さん。最近では、「こち亀」が連載を終えましたね。これも葛飾区のお話でした。

日本人にとって下町、というのは昔の風情が残っていて、やっぱり何とも言えない魅力がありますよね。

そんな寅さんが、「男はつらいよ」48作の映画の中で1回だけ海外に行きます。

「湯布院」と聞き間違えて「ウィーン」に行くのですが、一体なぜウィーンだったのでしょうか?

現在、日本の東京都葛飾区と、ウィーン市フロリズドルフでは、「友好都市提携締結」がされています。

姉妹都市までいきませんが、地域糸地域で人や文化を交流し、有効な関係を作りましょう、というのが友好都市。

寅さんのウィーンでの映画ロケから20年。現在では友好都市となったウィーンでは記念イベントや記念品の設立もありました。

なんでも、その「友好都市提携」のきっかけが、寅さんでした。

当時のウィーン市フロリズドルフ区長が日本好きで、飛行機の中で「男はつらいよ」を見て、「景色が似ている!」と感動して友好都市になったのだとか。

寅さんは日本人だけでなく、ウィーンの人にも愛されていたのですね。そりゃ記念イベントもありますよ。

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下町と音楽の町の交流

ウィーンといえば、音楽ですよね。真面目な。クラシック音楽を思い出すのは私だけでしょうか。

日本人はあまりクラシック音楽を聞きませんが、そのウィーンの区長さんが日本好きで、しかも寅さんに感動した、とかちょっと面白いですね。

葛飾区は他にも中国などのいくつかの国と友好都市を結んで、留学生を交換しているのだそう。

音楽が好きで、葛飾区にいたらもしかしたらウィーンに行けるかもしれません。

それでもあの寅さんの魅力が当時のウィーン市フロリズドルフ区長に理解されるとは・・・。

いろんな意味でびっくりですね。

日本人が見ても、「ああ!寅さんそれは無理!」みたいなこともあるので、なにか日本人に勘違いしないでくれているとうれしいのですが・・・。

そんなウィーンと葛飾区の交流ももう20年になります。すごいですね。

ちょっと敷居が高い気がしていた音楽の街、ウィーン市フロリズドルフ区がちょっと身近に感じるのは私だけでしょうか。

まとめ

寅さんが繋いだ葛飾区とウィーンの友好関係。それが現在までつながっているのは素敵ですよね。

日本中に愛された寅さんだからこそできたのかもしれません。

今後も国境を超えて交流が続くことを祈ります。


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