豊島区、消滅可能性都市が0円で新庁舎建設、新たな取り組みも・世界は奇跡で出来ている

埼玉南部に住む私にとって豊島区は身近な23区です。練馬や足立区よりも近くて便利な23区です。

そんな豊島区が消滅可能性都市だったことに驚きました。そして迅速に行動し、今ではファミリーや子育て世代の多い23区になりました。

そのちょっと驚きの取り組みについて調べました。

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消滅可能性都市だった豊島区

将来的に、子どもの数が減り、地域として存続できない、と判断されるのが消滅可能性都市です。

全国に800近くの地域があります。

そのひとつが、まさかの東京23区。しかもサンシャインシティを持つ豊島区。

そんな豊島区が知恵を絞って、まずは新庁舎を0円で建築しました。

構想があったのは昭和の60年代。バブルが崩壊して一旦とん挫していましたが、このままでは今の庁舎は15年しか持たない。

そこで豊島区は動きました。学校などの公共施設を統廃合し、教員などの人員を整理。

そしてその学校跡地に新庁舎を作ることで資金を押さえ、さらに旧庁舎の土地を貸し出すことで費用を捻出しました。

十分な土地を得て、完成した新庁舎。消滅可能性都市と指定されてからの動きはとにかくすごい。

それからすぐに、日本最大級の女性向け転職イベントを開催します。

「長く働きたい方」「子育てと両立したい方」をメインとして、まず子どもを増やすために女性を多く招き入れました。

そして空いている学校跡地などに保育園、そして養護老人ホームなどを着々と整備。

その動きは早かったですね。さすが23区、というところでしょうか。

そうして、豊島区は実質「消滅可能性都市」からは外れたといえるでしょう。

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お役所の本気

なじみのある豊島区が消滅可能性都市。それには衝撃を与えられました。土日の人の混み方を考えるとちょっと想像がつかなかったです。

しかし、埼玉の南部でも、「豊島区は働く場所で、住む場所ではない」という話はよくありました。治安が悪く、住居を持つにはちょっと・・・という感じでした。

そんな環境を一掃するべく立ちあがった豊島区役所。その動きはひたすら迅速。

よくのんびりして定時で上がるのが「お役所仕事」なんていいますが、すごかった!豊島区役所の本気はすごかった!

きっとみんな定時で帰ることもせず、残業して頑張ったのでしょう。それでも残業手当はちゃんとつくのがお役所ですが。

学生時代、友人の何人かが豊島区に住んでいましたが、やはり住みにくい、ということは言っていました。

学生や独身者が多い印象で、ファミリーで豊島区に住んでいる、という話はあまり聞かなかったように思います。

それをすべて払拭した豊島区役所の本気。

思わず笑ってしまうくらいすごいですね。

まとめ

消滅可能性都市となっても全力でそれを払しょくした豊島区。今では全国から、同じ消滅可能性都市と指定された地域の方が見に来るそうです。

それほどまでに豊島区の危機感が強かったこと、そして豊島区役所の本気がすごかったということですね。

これからさき、人口の減少に歯止めがかかるといいと思います。それは、日本中どこでもそう思います。


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